世界を見て、沖縄へ帰る道を見つけた日。
~沖縄の子どもたちと世界をつなぐ28日間~
クラウドファンディング4日目です。
今日は、私が「世界を見たからこそ、沖縄のために生きよう」と決めた日のことを書きたいと思います。
大学4年生の時、私はアメリカ・カリフォルニアへ語学留学しました。
それまでの私は、沖縄から外の世界へ出たことがほとんどありませんでした。
海外へ行けば、自分の世界が広がる。
そんな期待を抱きながら飛び立ちました。
実際に待っていたのは、想像以上に多様な世界でした。
ホームステイ先の家族。
世界各国から集まったクラスメイト。
文化も、宗教も、考え方も違う人たち。
最初は戸惑うことばかりでした。
英語が聞き取れず、自分の考えをうまく伝えられない。
悔しい思いもたくさんしました。
それでも、多くの人が助けてくれました。
「大丈夫。」
「一緒に頑張ろう。」
そんな何気ない言葉に何度も救われました。
世界には、自分が知らなかった優しさがある。
そう感じる毎日でした。
しかし、留学中に忘れられない出来事が起こります。
1995年。
沖縄で米兵による少女暴行事件が発生しました。
私はそのニュースをアメリカで知りました。
遠く離れた場所で、自分の故郷が悲しみに包まれている。
その時、小学生の頃に病院のベッドで自分自身に誓った言葉を思い出しました。
「どうせ一度しかない命なら、人のために使おう。」
その想いが、もう一度、自分の中で強く蘇りました。
そして私は、もう一つの決意をします。
「沖縄のために生きよう。」
世界へ出たからこそ、沖縄が見えました。
備瀬の海。
フクギ並木。
地域の人たち。
家族。
歴史。
文化。
子どもの頃は当たり前だった風景が、世界を見た後には、かけがえのない宝物に見えました。
海外へ行くことは、沖縄を離れることではありませんでした。
沖縄を、もっと深く知ることだったのです。
その後、私は沖縄に戻り、産学官連携や地域づくり、人材育成、観光振興など、さまざまな仕事に携わることになりました。
沖縄21世紀ビジョンの策定にも関わり、多くの方々と未来の沖縄について議論を重ねました。
約30年間、一貫して取り組んできたテーマがあります。
それは、
「沖縄と世界をつなぐこと」
です。
そして今、その想いは「宮里大八国際交流基金」という形になりました。
この基金は、海外へ行くことが目的ではありません。
世界を知り、自分の可能性に気づき、沖縄へ帰ってきた時に、自分の故郷をもっと好きになってほしい。
そのための最初の一歩を応援したい。
そう願っています。
私は、これまで約60か国を訪れてきました。
世界を知るたびに、沖縄が好きになりました。
だからこそ、次は沖縄の子どもたちに、その景色を見せたい。
このクラウドファンディングでは、経済的な理由などで海外へ挑戦する機会が限られている中高生2名を、インドネシア・バリ島へ派遣することを目指しています。
もしかすると、その経験が人生を変えるかもしれません。
将来、沖縄を支える人材になるかもしれません。
世界と沖縄をつなぐ架け橋になるかもしれません。
私は、その可能性を信じています。
この28日間は、資金を集めるためだけの挑戦ではありません。
沖縄の未来を、一緒に考えてくださる仲間を増やす挑戦です。
もしこの活動に共感していただけましたら、ご支援はもちろん、この投稿をシェアしていただけるだけでも、大きな力になります。
一人の子どもの一歩が、沖縄の未来につながる。
私は、そう信じています。
どうぞ引き続き、応援よろしくお願いいたします。