クラウドファンディング3日目。
たくさんの応援やご支援、本当にありがとうございます。
今日は、私が初めて本格的に海外へ飛び出した日のことを書きたいと思います。
子どもの頃、世界はテレビや本の中にあるものでした。
沖縄県本部町備瀬で育った私にとって、海外はとても遠い存在でした。
海の向こうには、どんな世界が広がっているのだろう。
どんな人たちが暮らし、どんな文化があり、どんな価値観を持っているのだろう。
興味はあっても、それは自分とは縁のない世界のように感じていました。
大学4年生の時、私はアメリカ・カリフォルニアへの語学留学を決意しました。
楽しみな気持ちもありました。
しかし、それ以上に不安の方が大きかったことを今でも覚えています。
言葉は通じるのだろうか。
友達はできるだろうか。
自分は海外でやっていけるのだろうか。
沖縄を離れ、家族や友人と離れ、見知らぬ土地で生活する。
それは、当時の私にとって人生最大の挑戦でした。
それでも、私は飛び立ちました。
あの時の一歩が、今の私の人生を大きく変えることになります。
現地で待っていたのは、私が想像していた「遠い外国」ではありませんでした。
ホームステイ先の家族。
学校で出会った友人たち。
街で出会った人々。
言葉も文化も習慣も違う。
最初は戸惑うことばかりでした。
思うように話せず、悔しい思いをしたこともあります。
自分の小ささを感じる場面も、何度もありました。
しかし、その一方で、私は海外で数え切れないほど多くの人に助けられました。
言葉が十分に通じなくても、理解しようとしてくれる人がいました。
困っている時に、自然に声をかけてくれる人がいました。
文化は違っても、人の優しさは世界共通なのだと感じました。
そして、不思議なことが起きました。
世界を知れば知るほど、私は沖縄をもっと好きになったのです。
外に出て初めて、自分がどこから来たのかを強く意識するようになりました。
備瀬の海。
フクギ並木。
家族。
地域の人々。
沖縄の歴史や文化。
それまで当たり前だった景色が、かけがえのない宝物に見えてきました。
海外へ行くことは、沖縄を離れることではありませんでした。
むしろ、沖縄を深く知ることでした。
世界の中で、自分の故郷を見つめ直すことでした。
そして、自分自身の可能性に気づくことでもありました。
あの日、勇気を出して世界へ踏み出した一歩。
その一歩が、その後の私の人生につながっていきました。
世界を見たい。
もっと学びたい。
沖縄と世界をつなぎたい。
そんな想いが、この日から少しずつ育っていきました。
しかし、その後、私の人生を大きく変える出来事が起こります。
アメリカ留学中に知った、1995年の沖縄米兵少女暴行事件。
遠く離れた異国の地で、そのニュースに触れた私は、沖縄について、そして自分の生き方について、改めて深く考えることになります。
もし、あの日、海外へ行かなかったら。
今の私は存在しなかったかもしれません。
そして、宮里大八国際交流基金も生まれていなかったと思います。
その出来事については、明日お話ししたいと思います。
(続く)
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このクラウドファンディングは、経済的な理由などで海外へ挑戦する機会を持ちにくい、ひとり親家庭や児童養護施設等で育つ中高生2名を、インドネシア・バリ島へ派遣するための挑戦です。
私自身が世界への一歩で人生が変わったように、子どもたちにも世界への扉を開く機会を届けたいと思っています。
もしこの活動に共感いただけましたら、ご支援はもちろん、この投稿をシェアしていただけるだけでも大きな応援になります。
どうぞよろしくお願いいたします。